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今話題の山口県・上関町、祝島。
3年前の2007年、ハワイの伝統航海カヌー、ホクレア号が日本にやってきました。ホクレア号とは、エンジンもコンパスもつまず、星、太陽、月、波とうねり、海上の生物などをたよりに太平洋の大海原を旅する究極のハイテク・カヌー。その昔、太平洋の人々はこのようなカヌーにのって自在に太平洋を行き来していました。その後すたれたこの技術を、1970年代に復活させ、いまやハワイから日本までの航海を可能にしたのがこのホクレア号の歴代クルーたちです。
そのホクレア号が、ハワイからはるばるミクロネシアを経て、沖縄に到達、そこから北上して九州をまわり、祝島の海上を訪れたのです。
祝島には1200年続く「神舞」という伝統の儀式とお祭りがあり、その時だけに海に出すという櫂伝馬が、ホクレア号を出迎えました。その時のお話が、フリーペーパー「88」に記事として紹介されています。その記事をここでご紹介しながら、祝島のこと、ハワイのネイティブ魂のこと、海のこと、地球に生きることをに思いをはせてみたいと思います。
(み)
(フリーペーパー88 より抜粋)
瀬戸内海の西の門を守り、上関原発計画に26年間反対し続ける、気骨の島、祝島は早朝から晴れやかな空気に包まれていた。ハワイからミクロネシアを経て北上してきた伝統航海カヌー、ホクレア(祝星)号がやってくるのだ。コンパスもエンジンも積まず、星、太陽、風、鳥、波をたよりに太平洋を渡ってきたホクレアを迎えるため、1200年の伝統をもつ神舞の儀式に使われる伝統木造船、櫂伝馬が海に出た。神舞は4年に一度、大分の伊美別宮社が祝島を祝福する儀式で、櫂伝馬は神様を出迎え、見送る船だ。海上で櫂伝馬、地元漁船、カヤッカー、チャーター船に乗った子供たちが待ち受ける中、ホクレアは伴走船カマヘレと共に西の海から姿をあらわした。
櫂伝馬の舳先では祭幣(さいへい)を、船尾には剣櫂(けんがい)を手にした青年がそれぞれ舞い始める。櫂伝馬は漕ぎ手の威勢の良いかけ声とともに、ゆっくりとホクレアにアプローチしてゆく。海上で出会った二艘の船は、ぴったりと寄り添い、クルーと漕ぎ手たちが思い思いに言葉と握手を交わす。はからずも、九州からリレーで運ばれてきた広島原爆の残り火の分灯が、櫂伝馬からホクレアに届けられた。ホクレアの船長に、祝島より航海安全祈願がこめられた「鬼の棒」が渡される。ホクレアのクルーたちはおもむろに船上でフォーメーションをつくり、パワフルなハカで祝島の思いに応えた。大海原を自然のしるしだけをたよりに旅してきた、力強いハワイアンのスピリットと、瀬戸内の海を守り続ける島のスピリットが響き合う瞬間。海を越え、言葉を超えてつながりあう、宇宙に浮かぶ島、地球に生きる民としての決心と共感。どれほど時が流れたのだろうか。次の寄港地、周防大島を目指すホクレアを、海の男たちが原発予定地・田ノ浦沖合まで見送っていった。まるで時が止まっていたかのような、神秘的な出会いだった。
いくつものメッセージと意味をもつホクレアの航海で起きた、この海上での出会いが、どんなメッセージとなって日本列島(ヤポネシア)に広がってゆくのか、未知なるものへの期待が高まっている。
(文:本出アデルみさ)